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長崎小浜簡易裁判所 昭和41年(ろ)1号 判決 1966年11月01日

被告人 内田敏高

主文

被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を納めることができないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが

第一、昭和四一年六月一九日午後六時頃、小型特殊自動車(テーラー)に荷台車を連結して、県道(国道五七号線千々石町木場バス停留所より雲仙に至る道路)に面している肩書自宅前庭より県道に出るべく後退運転するに際し、右県道は幅約四メートルで、運転席より後方荷台車先端までは約二メートルの長さがあり、且つ左右後方、殊に右後方道路は被告人住家のため県道に出るまでは見透しができないので、このような場合は誰かに誘導させるか、通行する人車のないことを確実に認めて運転しなければならないのに、折からの豪雨で通行する人車はないものと軽信し、以上の措置を執らず後進したため、たまたま右県道の右後方から被告人の運転する車の方に向けて、降雨を避けるため顔面を伏せ前方注視不完全のまま、時速約四〇キロメートルで進行して来た木村強運転の自動二輪車の前部右側泥除け附近を、自車の荷台車右側の後方角附近に衝突転倒するに至らせ、同人に治療約三ケ月間を要する右脛骨複雑骨折の傷害を、同車に同乗していた木村静馬に治療約五日間を要する右前腕擦過傷の傷害を負わせ、

第二、前記のとおり交通事故があつたのに、その事故発生の日時場所等法令に定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人及び被告人の主張についての判断)

弁護人及び被告人は判示第一の事実について、本件事故は、被害者がその運転する自動二輪車前輪を、被告人運転のテーラー荷台車の右側に衝きあてたもので、被告人に過失の責任はなく、被害者の過失である。又判示第二の事実については、被害者の救護のため警察官に対する届がおそくなつたもので、報告しなかつたものではないから、刑責はない旨抗争するので判断する。

一、先ず判示第一の事実について、前記木村強の供述調書、証人木村強の尋問調書の各記載を綜合すると、なるほど被害者木村強は、事故直前、自動二輪車の後部に父木村静馬を乗せて時速約四〇キロメートルにて、折柄の豪雨のため下を向いて運転進行し、事故現場約一〇メートル手前で、被告人が県道に出していた荷台車を発見したが、速度が出過ぎていたため、これを避けることができず衝突したものであり、検証の結果から考えると、当時木村強が完全な前方注視をしていれば約二〇メートル手前から右荷台車を発見することができ、又もつと徐行して適切な運転をしていれば荷台車の左側を無事通行できる余地があるものと認められる。従つて本件事故は木村強の過失がその一因になつている。しかし交通量が余り多くない県道(公訴事実は、交通量の極めて多いというが、検証の結果からは認められない)とは言え、全く往来がないとは考えられない六月一九日の午後六時頃、全長四メートルの荷台車附テーラーを、有効幅員約四メートルの道路に横向けに出すのであるから、判示のような注意を要求されるのは当然である、殊に相当多量の降雨中に、風防ガラスの設備のない二輪車を運転するときは、雨滴が目に入り前方注視が困難となり、ガラスがある車でも雨滴で視界が遮ぎられることは、社会通念上明らかである(被告人もテーラー運転に従事しているので、このことは経験しているものと考えられる)。当時は豪雨中であつたので、被告人としてはこのような点をも考慮して危険防止の措置を執らねばならないのに、反対に豪雨で往来する人車はないものと信じて、何らの措置も講ぜず道路ほぼ中央部まで荷台車を出したことは、仮りにそれが停止中に発生した事故であつたとしても、軽率であつたと言わねばならず過失の責は免れない。なおもしも、被告人が通行車輛の運転者を信頼し、その安全運転を期待する考えのもとに運転したものとすれば、それは余りに自己本位の考え方であると断ぜざるを得ない。しかしながら本件における事故についての前記被害者側の過失は、被告人の情状として酌量する余地あるものと認める。

二、つぎに判示第二の事実について、被告人の第二回公判期日における供述及び前示電話聴取書を綜合すると、被告人は本件事故後、重傷者の木村強が自動車で国立小浜病院に運ばれたので、妻と共にバスに乗車してその跡を追い、右病院に同日午後七時前に到着し、たまたま医師不在(当日は日曜日であつた)のため、その来院を待ち、午後九時半頃外科医が来院して手当を始めたので、警察官への報告を思い出し、右病院の事務者に依頼し、事故発生後三時間半以上を経過して、電話にて報告したものであることが認められる。ところで道路交通法第七二条第一項に「直ちに」とは、同法第八条の「すみやかに」と共に、時間的に「直ぐに」ということであるが、前者は後者に比して一層その即時性が強いものである。このように解しなければ、人身の保護と交通の取締の責務を負う警察官をして、負傷者等に対する万全の救護と交通秩序の回復に、即時適切な処置を執らせるという同法第七二条第一項の規定の目的を達することはできないのである。従つて交通事故が発生すると、即時に、その運転者等に対し、同条項の救護義務と報告義務が課せられるのであるから、警察官が現場に居ない時は、先ず救護等の措置を講じ、その後僅かでも時間があれば直ぐに、もよりの警察署の警察官に、法令に定める事項を報告しなければならないのである。従つて本件被告人が近隣者に重傷を与えたので、心痛のあまり警察官への報告が遅れたとしても、そのことをもつて報告義務違反の刑責は免れないが、情状として考慮するを相当と認める。

よつて主文のとおり判決した。

(裁判官 吉松卯博)

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